2008年02月22日

ガラスの画面



yukinomachi.jpg

久々に絵を載せてみる。

愛用のペンタブが修理中なためあまり力の入ったのじゃないけど。

と、いうかやっぱこの学校はいいね。

デザイン科を選んで良かった。

色々刺激うけまくれるぜぃ。

そのせいで、色々やりたすぎるけど・・・。

とりあえず、上手すぎる作品見てもあんま凹まなくなったのは進歩か。



えっと、久々に変な話するんですけど

自転車でう○こ踏むのってどのくらいショックです?

正直、自分はなんかどうでもいいんですよね。

昔友人と

「お前今う○こ踏んだぜwwww」

「え・・・けど自転車で、っしょ?」

「まぁwwwww」

「ならどうでもいいや」

「ちょwwwwwおまwww」

ってやりとりをしたんですけど

普通の人は自転車でう○こ踏むのも結構ショックなんですかね?

いや、そりゃ踏まないほうがいいのは分かってるんですけど

自転車だったらどうでもよくないっすか。

なんか、こう、自分とは遠いじゃん。

自分の自転車への愛が足りないのだろうか・・・。



そのクセ、靴で踏むと結構ショックです。

汚いっつーか、なんかまぬけじゃないですか?

「う○こ踏んだ」っていう事実って、すごくまぬけじゃないですか?

「ガム踏んだ」とか「ゲロ踏んだ」とかより

なんか「う○こ踏んだ」って発音的にも数倍まぬけじゃないっすか?

だからショック。

「あぁ、オレう○こ踏んだんだ〜」ってすごく

サンチマンタリズムになる。使い方あってるのかコレ。


なら自転車もそうなんじゃないかっていうと

自分的に違うんですよ。

こう、自転車で踏んだってのは

むしろ「うんこ轢いた」って感じじゃないですか。

あ、うんこって言っちゃった。

まぁ、つまり「う○こ轢いた」ってのは

「う○こ踏んだ」よりは幾分かマシじゃないかってコトです。


「うんこ轢いた」ってのはもう何回でもブログに載せてもいいけど

「うんこ踏んだ」ってのは正直伏字にしないと載せたくないです。

もうこれから一生絶対載せません。上は空前絶後の例外です。


まぁ、つまりう○こ踏んだ上での自分の恥ずかしい度は

裸足>>>(ベルリンの壁)>>>靴下>>>(氷河の壁)>>>靴>>(Kと私の心の壁)>>自転車


って感じですね。

もう本当、自転車でう○こ踏むのはどうでもいい。


つか、なんかもうこの話題自体どうでもいい。



・・・今日ほどブログ名にふさわしい記事書いた日はない気がする!


と、いうわけでみなさん

こんなとこみてないでもっとやるべきことをしましょう。





あれ?

2008年02月12日

志だけは高い暇人の考察はすっげぇ長い

今日、ニュースサイトを回っていると

面白い記事を見つけたので紹介したいと思う。

久々にクソ長いので覚悟して読むように。


これは、ある芸術家の話である。


その芸術家は餓死寸前の犬を

「犬の餓死」という題名をつけて展示した。

当然、そのあまりの非人道的な行為に

マスコミから民衆から、様々な非難がよせられた。

ブログは炎上し、自宅には反対グループが押しかけ

社会問題になるほどすさまじいものであった。

しかし、その芸術家は言ったのである。

「これはまだ私の表現したいことの布石でしかない。」

・・・と。


そして、様々な非難を受けた画家は、

新たなコメントを付け足して、再び作品を出展することにした。

「今度出品する作品に使う犬は、保健所で死を待つばかりの犬を

使うことにします。助けたい人がいるなら、どうぞご自由に。」

その展示が行われる日、美術館の前には多くの人がおしかけた。

興味本位で訪れたもの、抗議する集団、面白おかしく写真を撮ろうとする報道陣・・・。

数百人近くの行列となり、美術館はいつもよりも早く開館された。


開館するや否や、全ての人は「犬の餓死」の前に集まった。

そこにあったのは、以前と同じ、動く元気もないような痩せこけた犬が一匹。

以前と違ったのは、そこにこのような看板があったことだ。

「助けたければ、どうぞご自由に」

皆が静まり返り、様々な視線が入り混じるなか、ある老婆が挙手して言った。

「私がこの犬を引き取るわ。」

芸術家はわかった、とだけ言って

老婆にその犬を引き渡した。

老婆のやさしさに民衆が拍手したのも束の間

なんとその芸術家はもう一匹、奥から

同じく痩せこけた犬を連れてきて展示したのだ。

そしてこう言ったのである。

「今日は十匹連れてきたので、あと九匹いますよ。」

人々は唖然としたが、それでも一度できた流れは止まることなく

あっという間に十匹の犬が引き取られていったのである。


その後も、その芸術家は同じ作品を展示し続けた。

しかし、何度展示しても「犬の餓死」が完成することは無かった。

芸術家が展示した全ての犬に貰い手が現れたからだ。

いつしか「犬の餓死」は

処分される予定の犬を救うためのものではないか、という美談となり

一大ブームを作るほどであった。


しかしある時、芸術家は突然展示をやめた。

ブームの最中だったのだから、皆が不思議がった。

そして、あるインタビュアーがこう聞いたのである。

「うわさでは処分予定の犬を救うために展示をしていたという話ですが
 それは本当なのですか?」

「いいえ、違います。それが目的なら、展示をやめたりしませんよ。」

実にもっともな話だった。

「では、あなたは一体何のために展示をしたのですか?
 そして、なぜ展示を突然やめたのですか?」

「それはこれからわかります。
 展示をやめたのは、もう準備が終わったからですよ。
 これから起こることを、みなさん楽しみにしていてください。」

その謎めいた発言は、一時的に話題を呼んだが

その後特に変わったこともなく、いつしか「犬の餓死」

は人々の心から忘れ去られていった。


そして数ヵ月後。

妙な現象が起こり始めた。

全国各地の公園に、痩せこけた犬が次々と放置されていったのだ。

「助けたかったらご自由に」という言葉とともに。

引き受けたはいいものの、流行と偽善の気持ちから挙手した人が殆どで、

数ヶ月もする頃には飼うことが嫌になっていた。

どうしたものかと考えつく先は皆同じで、それが芸術家と同じような手段だった。

直接捨てたり保健所に連れて行くよりも心が痛まない。

悪いのは助けることができたのに、助けることなく見ていたやつだと。


かくして「犬の餓死」は完成したのだ。多くの人の手によって。


・・・とまぁ、こんな話である。

ほとんどコピーだけど。

知ってる人ももしかしたらいるかも。



ぎゅうにくの思うこと

2007年11月06日

ゴミ収集車は臭すぎると思う。

今日は現在考えてることを現在進行形でただ書きます。

多分、面白くないです。

でもなんとなく更新したいんでとりあえず書きます。



なんだかんだで、もう11月です。

あと一ヵ月で今年も終わるわけで。

つい最近「2000年とかすごくね?千年に一回とかすごくね?」

とか言ってた気がします。

2008年・・・なーんて聞くと、いつの未来だよ、と

少し考えてしまいます。


更に自分はもう17歳だったりする。

つい最近まで

「ダメ。コウコウセイ。デカイ、スゴイ、コワイ」

とか思ってた気がするんだけどなぁ。

小学生の頃って妙に年上に恐怖感ありませんでした?

いや、流石に大人は平気なんですけど

中学生とか高校生くらいがなんか妙に怖かった覚えがある。

今思えばなんでだろ、って感じなんだけどさ。


更に言うと17歳ってあと三年で大人じゃないか。

三年ってアッという間っすよ。

高校入って実感したオレが言うから間違いない。

一週間は長く感じるときもあるけど

三年はマジアッという間っすよ。

変なこと言ってるようだけど、本当だって!

・・・まぁ、それはどうでもいいや。


もうすぐ、と最近よく考える。

なにがもうすぐ、なのかはよく分かってないんだけどさ。

そういうとき、少し後ろを見たくなる。

今まで何が出来たんだろうか。

今まで自分は何をしてきたんだろうか。って。


でもですね、なんか後ろを見ちゃいけない気がするんですよ。

ほら、掃除の時アルバムなんか見つけちゃうとさ

「これ懐かしーっ」とか言って掃除はかどらないじゃないですか。

掃除の時に昔のアルバムとか漫画とか見つけても

掃除が終わるまでガマンするべきです。うん。


それと同じでさ。

今後ろを振り向いたら、多分後悔やらなんやらで

しばらく動けなくなると思うんだ。

今チラっと見ただけでも、少し立ち止まってしまうほどなんだから。

後ろを向いて、そんな過去を見ているヒマは、今は無い。


いつか、もっと遠くで、休める場所に着いたときは

ゆっくり今までのコトを見てみたいと思う。

去年した後悔も、今年した後悔も

笑い飛ばせるくらい遠くへ行った時に。


それに、ちゃんと今までやってきたコトがあるなら

それは今も横に、手元にあるハズですしね。



幸い、今自分は自由です。

学校へ行って、放課後好きに遊んで、家でも遊んで、寝て。

時間はたっぷりあります。


ぶっちゃけた話、自分には少し野望がある。

とりあえず、今はその野望実現の為に突っ走ろうと思う。


今は言うのも恥ずかしいような野望だけど

いつか堂々と「これがオレの野望だ!」って

言えるようになりたいなぁ。

当面の目標は、まずはそれかな。



今日は普通の日でした。

学校行って、放課後遊んで、飯食って、今こうしてます。

なので、すみません。

残念ながら面白い話はありませんでした。



・・・けどまぁ、

少し早い来年への抱負ってコトで。



交通安全のお守り.jpg

2007年07月06日

少年は夜空にアダムスキーのUFOを見るか。

最近、ふと思うことがある。


例えば、昔買っていたウチの犬。

エサを目の前にしてよだれを垂らして走ってきて

エサを食べる、と思った途端

急に立ち止まり、虚空を見つめるコトがあった。

食欲旺盛なウチの犬がたまにそうなるコトが

不思議でならなかった。


そして、帰り道に見た黒猫。

その黒猫も、やはりどこか虚空を見つめていた。

じっと、立ち止まって、ただ一点を。

それに、夕焼け空の電線に、大量に止まった鳥たちが

皆、同じ方向を向いているような気がするコトがある。


彼らは、何を見ているのだろうか。

何か見えているのだろうか。


そういえば子供の頃、

人形がまばたきするのが見えたり

幽霊だろうか、白いモヤが部屋の隅に見えたり

夜空にUFOを見たコトがあったのを覚えている。


どうせ見間違いだろう、と思っていたが

もしかしたらそうじゃないかもしれない。

「もう見えなくなった」だけなのかもしれない。


ウチの犬が見つめていたモノ。

帰り道の黒猫が見つめていたモノ。

電線の鳥たちが見ていたモノ。

オレが子供の頃見たモノ。


実は全部同じなのかもしれない。

そして、もしかしたら世の中には人知を越えた「何か」が

あるのかもしれない。


今更、幼稚な考え方かもしれないけど、

日常の中にちょっとした「神秘」を期待してみると

なんだか退屈な日常が少し楽しくなった気がする。

2007年04月07日

ネタがない!?なら作れ!

漫画更新しました。

なんかもう早く終わらせたいです。

こっぱずかしいのなんの。


さて、今回もネタがありません。

なら作っちまえーっ!てことで

今回もくだらない話をつらつらだらだらと書こうと思います。


じゃあ、今日はちょっとホラーめで・・・


この前、友人と集まって怖い話しをしてたのですが・・・

みなさん、「かごめかごめ」は知ってますか?

あれですよね、みんなで一人の子を囲って

「かごめかごめ」の歌と一緒に回って

歌が終わったときに、囲まれた子が、

後ろの子が誰かってのを当てるという

今冷静に考えれば

なにひとつ楽しむ要素の無い遊びなんですが


みなさんもやったことありますかね?


実はこの「かごめかごめ」には様々な都市伝説があります。

まぁ、みなさんも色々知ってるんじゃないでしょうか。

生け贄を選ぶ為の歌だの

流産して幼い命を散らせてしまった妊婦の悲しい歌だの

罪人についての歌だの

はたまた徳川の財宝の在処を暗号化してる歌だの。

色々ありますよね。


・・・まぁ、そんなコトは

この際どうでもいいので置いといて。



こんな風に、子供の頃親しんだ歌には

色々黒いウワサがあるものがあるわけなんですが。

(有名なのだと「ちいちゃんの歌」だとか「はないちもんめ」だとか?)


・・・と、いうわけで今回は!

別になんでもない童謡を

無理矢理怖く(?)解釈してみます。



単なるオレの言葉遊びです。

毎度ながら、読み飛ばしOKです。

と、言っても文字数の関係で二曲も三曲もはアレなんで


今回は一曲だけチョイスします。


みなさんもご存じの

「およげ!たいやきくん」です。


とりあえず、歌詞を見てみましょう。


まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの
うえで やかれて いやになっちゃうよ
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
けんかして うみに にげこんだのさ

はじめて およいだ うみのそこ
とっても きもちが いいもんだ
おなかの アンコが おもいけど
うみは ひろいぜ こころがはずむ
ももいろサンゴが てをふって
ぼくの およぎを ながめていたよ

まいにち まいにち たのしいことばかり
なんぱせんが ぼくのすみかさ
ときどき サメに いじめられるけど
そんなときゃ そうさ にげるのさ

いちにち およげば ハラペコさ
めだまも クルクル まわっちゃう
たまには エビでも くわなけりゃ
しおみず ばかりじゃ ふやけてしまう
いわばの かげから くいつけば
それは ちいさな つりばりだった
どんなに どんなに もがいても
ハリが のどから とれないよ
はまべで みしらぬ おじさんが
ぼくを つりあげ びっくりしてた

やっぱり ぼくは タイヤキさ
すこし こげある タイヤキさ
おじさん つばを のみこんで
ぼくを うまそに たべたのさ


・・・なんだかなにもしないでも

なにかありそうなムードムンムンなんですが。


とりあえず、最初の方を少し抜き出してみましょう。


まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの
うえで やかれて いやになっちゃうよ
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
けんかして うみに にげこんだのさ

と、あるワケですが。

ここで舞台を奴隷制度のある昔のどっかの国に勝手に変えちまいます。

そして、その舞台設定に合わせると

ぼくら=奴隷達。

てっぱん=奴隷達が働かされている場所。

みせのおじさん=奴隷商人。もしくは、奴隷を働かせている主。

うみ=奴隷達の理想?つまり、賑やかな城下町。

これに当てはめるとこうなります。


まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの
(毎日、毎日、僕らは [焼ける様に熱い]荒野の)
うえで やかれて いやになっちゃうよ
(上で働かされて 嫌になってしまう)
あるあさ ぼくは みせのおじさんと
(ある朝、僕は 見張りのおじさんを)
けんかして うみに にげこんだのさ
(殺して 城下町に 逃げ込んだのさ)


うおっ!?

なんだかそれっぽくなって来たんじゃないでしょうか!


よーし、これ以上は長くなるんで

もう一気にやっちまおう!


後は長いんでこちら。